4月2〜3日、最大の被災地である宮城県石巻市と周辺を東京都医師会の新田國夫医師(当NPO副会長)、
角田徹医師らと共に訪れました。
石巻市内だけで死者・行方不明者は約5000人を数え、瓦礫の荒野と化した港町に息が詰まる思いでした。
避難所には多くの支援団体が駆け付け、物資も続々届いています。
しかし、電気・水道・下水が止まったままの地域は多く、そのひとつ、湊町小学校では重度障害で胃ろうを設け、
痰の吸引も欠かせない14才の少女がコンクリートの床に毛布を敷いて寝ていました。
新田副会長の診察と判断で母親へ少女の体調を把握できる酸素飽和度測定器、また、伊東弘泰・副会長からの申し出でエアマット等を、とにかくNPOとして送ることにしました。
小さなNPOでは大量の物的支援は不可能ですが、この種のささやかな個別支援を続けたいと思います。
石巻赤十字病院には九州、四国、北海道からも医師、看護師、薬剤師らが駆け付け、札幌市の救急車、栃木県警のパトカーが市内を走り、自衛隊員と米軍が瓦礫の撤去に共同で取り組んでいます。
総力を挙げた支援ですが、第1次避難所の環境は劣悪で感染症の多発が心配です。
体育館に設営された第2次避難所も要介護者、病人、一般被災者が混在し、棲み分けを急がないと共倒れの危険をはらんでいます。
東京都医師会は、開業医・看護師、事務職らのチームを送り続ける方針です。
1〜2週間も休業したり、土、日曜日に繰り返し応援に入ったり、その使命感に頭が下がります。
しかし、なお人数も必要な職種も足りません。自宅に残る要介護者や障害者への手当ても急務です。
被災者と共に支援者もまた、長い試練の歳月を覚悟するほかない、と痛感しました。