デンマークセミナー報告
平成21年11月、デンマーク ネストヴェズ市より介護の専門家を招き、介護・医療・住宅施策に関わるセミナーが開催された。(11月17日(火) 東京都新宿区戸山サンライズ、11月19日(木)大阪府大阪市歴史博物館 11月20日(金) 愛知県名古屋市公会堂 主催:福祉フォーラム・ジャパン 後援:駐日デンマーク大使館)。
デンマークの高齢化率は2008年で15.6%と日本の22%に比べれば低いものの、高齢化率は増加してきている。それに対応するため、国や市町村はどのような施策をとってケアの質の維持を図っているのか、一方、日本の福祉・介護・医療は今後どのようにしていったらよいのか、会場の延べ470名の参加者からの質疑応答も含め、デンマーク・日本のシンポジストを中心に、活発な議論が交わされた。
今回のセミナーは平成21年11月にNPO法人として認証された福祉フォーラム・ジャパンの記念講演会として企画・開催されたものである。
開会に先立ち、内閣府総理補佐官・参議院議員小川勝也氏(民主党)がご多忙の中来場くださり、今後の民主党政権において、マニフェストに基づき、いままでの政策を総点検し、障害者・高齢者が安心して暮らすことのできる社会を創ることを進めていくという力強い確約が表明された。また、デンマーク大使館広報官 ベント・リンドブラッド氏により、国民が世界一幸せであると思う国、そのデンマークでは、医療・教育・介護が無料であること、だからこそ国民は安心して暮らせるのであること、所得税は50%、消費税は25%と高いが、納得して支払っていること、また大学生には授業料が無料なだけではなく、月6万円ほどの生活費の援助もあり、学業に専念できる仕組みがあることなどの具体的な紹介があった。また、福島みずほ・内閣府特命担当大臣(高齢社会対策)より、高齢者自身がその貴重な能力や経験を生かすことのできる社会の実現を目指すべきであり、このセミナーが国際的な視点から日本の将来の高齢者社会のあり方等について議論がなされることに期待する、とのメッセージが届けられた。
<第一部>
問題提起のヒントとして、デンマークではどのような介護が行われているか、デンマークと日本とでは制度・施策にどのような違いがあるのか、映像とパワーポイントによる説明が行われた。まず、㈱NHKエンタープライズと福祉フォーラム・ジャパンとの共同制作による約15分のビデオが放映された。
ネストヴェズ市に2005年に建設されたキルデマークセンターに住む認知症の91歳の女性エルザの居室での様子が紹介された。エルザは娘の病気を機に、娘との同居をやめ、このセンターに移ってきた。娘は、自宅ではもう介護は無理であり、センターに移ったことは、自分のためにも母のためにもよかった、とコメントしている。また同じユニットに住むルシは、エルザがユニットで楽しく暮せるよう何くれとなくエルザの生活をサポートしている。ルシもエルザの世話を焼くことで自分の存在意義を見出している。また自宅でご主人と暮らすエバは、自分の認知症の進行は気になるが、ご主人ともどもできるだけ二人で自宅で暮らす生き方を選択したと話している。デンマークでは、法律により高齢者の意見を反映させる目的で、各市には高齢者評議会の設置が義務付けられている。60歳以上の高齢者に選挙権・被選挙権があり、4年に一度の選挙で選ばれた評議員は、さまざまな提案を市に対して行っている。ビデオでは、民間の配食サービス会社の食事の試食会を評議会が企画し、120名余の高齢者が意見を述べる様子が示されている。今回のシンポジストでもあるネストヴェズ市福祉部長のインゲ・セルク氏は、高齢者評議会について、市の施策・サービスが適切であるかどうかを計るものとしてその存在を認めている。
次に、デンマーク、ネストヴェズ市の基本情報として、人口・高齢化率、福祉・ヘルスケアの仕組み概略図などが紹介された。ビデオ、講演、シンポジウムを受けて、3会場を通して参加者からたくさんの質疑応答があった。そのいくつかを紹介する。
質問)これほど社会福祉に税金を使いながら、なぜデンマークは経済成長をとげることができているのか?
マーティン・タンゲ氏(ネストヴェズ市企画部長)
デンマークでは医療費、教育費、子供の保育は無料である。女性の75%が就労している。これを実現するため、高齢者介護や子供保育を充実させる必要があった。より高い教育を受ける機会を子供に与えることで、ビジネスにおける競争力の強化を図ってきた。またデンマークでは「フレキシキュリティー」という言葉がある。フレキシブル(柔軟性)とセキュリティー(保障)を一緒にした造語である。フレキシブルとは企業にとっての柔軟性であり、セキュリティーは市民にとっての保障である。失業時の保障を充実させることで、企業は経営的危機の場合には解雇をすることが比較的容易であり、企業は利益の維持が可能となる。一方従業員にとっても生活の保障は受けられるわけである。つまり、保障の強化により経済成長を促進できてきている。
質問)なぜデンマークではプライエムの撤廃をすすめたのか?全廃でどのような効果があらわれたのか?
インゲ・セルク氏(ネストヴェズ市福祉部長、MSW)
まず第一に、高齢者が自分自身の家、自分自身の生活を持てるようにすべきであると考えられた。高齢者も自身で決定できるべきである。高齢者ができるはずの身の回りのこともスタッフがしてしまっては、サービスに対する要望はどんどん増え、コストはもっと増大する。高齢者自身が持つ「自分のできる力」は活用すべきである。そうした考え方からプライエムは撤廃されることになった。1987年高齢者住宅法により、プライエムの新規建設が禁止され、プライエボーリというケア付き住宅の建設に転換した。1997年に法律が追加され、各部屋にキッチンと車いすでもアクセスできる浴室・洗面所が備えられることとなった。1987年の法律の影響は大きく、以来毎年10%位ずつプライエムは姿を消してきた。2010年1月1日までにデンマークのすべてのプライエムは撤廃されなくてはならない、と法律で決められている。
質問)新しいケア付き住宅で高齢者はどう変わったか?またスタッフはどう変わったか?
ビルジット・エトラップ氏(ネストヴェズ市キルデマークセンター、モンケボーセンター施設長、看護師)
すでにあった3つのプライエムを閉鎖して、キルデマークセンターがオープンした。この新しいセンターに入居した高齢者は、お皿を並べたり、さまざまなことを自分でするようになり、すでに忘れてしまっていた自分たちの能力を取り戻した。スタッフの高齢者に対するアプローチも変化させる必要があった。スタッフは高齢者が自分の生活に責任を持つように仕向けていった。困難は家族にもあった。プライエムのシステムに慣れていた高齢者や家族は、新しいケア付き住宅では安全性に欠けると感じたようだ。スタッフは常に新しいアプローチが重要である事を説明しなくてはならなかった。高齢者は現在では介護を受けるよりPTによる訓練を待ち望んでいる。
<第二部>
東京会場においては、厚生労働省老健局振興課長・土生栄二氏より、日本とデンマークの住宅政策・施設整備・施設に対する施策、在宅ケアの供給方式、家族形態などの比較にもとづき、参加者に対し、日本では高齢者住宅を整備するよりも特別養護老人ホームなどの施設整備に力を入れてきたこと、デンマークでは介護付き住宅の整備が行われてきたことのレクチャーが行われた。引き続き、第一部での質疑応答を踏まえ、住宅政策、医療連携と看取り、認知症ケア、人材育成の四つの点において、より深く議論がなされた。
住宅政策
質問)市が提供している高齢者用住宅及びケアの提供の概略は?
インゲ・セルク氏
近年、デンマークにおける市の福祉政策ではコストの透明性と品質管理がより重要になってきている。1970年代から、デンマークでは65歳以上の高齢者に施設よりも在宅での福祉サービスを提供してきた。現在の高齢者施策では3つの考え方が中心となっている。ひとつは生活の継続性である。二つ目は個人の資源を最大限に活用すること。そして三つ目は、個人自身の環境整備には自治権を与えるべきである、ということである。現在ネストヴェズ市の人口は約81,000人、うち、65歳以上の高齢者は16%、約13,100人。そのうち何らかの介護サービスを受けているのは2,300人(約18%)である。ネストヴェズ市のプライエボーリなど高齢者用の住宅は高齢者人口の約4%、570人分であるので、残りの人たちは自宅で暮らしている。スタッフは合計1,200人。内訳は介護職が約70%で840人、社会保健アシスタントが15%で180人、看護師、PT、OTなど他の専門職が約180人である。ケア付き住宅に入らず自宅での生活を希望する高齢者には、自宅で生活をするために必要なサービスを提供する。サービスの提供量における上限はない。必要なサービスを提供する。ネストヴェズ市は4つの区域に分かれる。それぞれの地域に中核となるセンターを作り、それ以外に区域内に小さなケア付き住宅を作ってきている。現在3つの区域には中核センターができているので、残りの1区域に中核センターを作り、さらに2013年までにはいくつかの小さなサイズのケア付き住宅を建設予定である。
ビルジット・エトラップ氏
ケア付き住宅を市が用意することが求められた背景には、「ケア付き住宅」の形態がコストとケアの質の維持のバランスをとるのに適していると考えられたからである。民間のサービス提供会社も出てきているが、ほとんどが清掃業務であり、量的にはまだ非常に少ない。
医療連携・看取り
質問)デンマークでは平均寿命が男性73歳、女性78歳。平均在院日数は徐々に減り、現在は4.5日と聞いている。日本では病院で死ぬ人の割合が82%である。死に近い人々の場合、医療行為はどこまで行うのか?
ビルジット・エトラップ氏
デンマークでは高齢者の場合、病院で亡くなるのは20%以下である。医療行為については、必要であれば、インシュリン注射や経管栄養、酸素吸入などは行う。胃ろうも必要と医師が判断すれば行うが、数は非常に少ない。ケア付き住宅においての看取りは、看護師が家庭医と相談して痛みの軽減のための投薬を行う。デンマークでは「Die with shoes on 」という言葉がある。「靴を履いたまま死にたい」という意味であるが、古くはバイキングの時代からデンマーク人は戦う民族としての歴史があり、これがデンマーク人の死にゆくときの希望の姿だ。ベッドに多数のチューブにつながれて横たわる姿は望まないのが一般的である。ホスピスであと数日、というときにはチューブをつなぐこともある。痰の吸引は看護師に教育を受けた社会保健アシスタントは行っていいとされている。
質問)退院後の住居に関しては市が用意しなくてはならないと聞いたが?
ビルジット・エトラップ氏
自宅に帰っては生活ができない環境の場合、適切な住居を用意する責任が市にある。もし適切な住居が無く、退院を延期せざるをえない場合には、法律によってペナルティを市が払う。市は2カ月以内に適切な住居を見つけなくてならない。幸いなことにネストヴェズ市はそういう目的のための住居が現在確保されているので、支払う必要は出てきていない。
認知症ケア
質問)重度の認知症高齢者の場合、在宅で暮らすのはかなり難しいと思うが、そういう場合、ケア付き住宅への入所は、誰が判断、決定するのか?
ビルジット・エトラップ氏
家族である。ただし、デンマークでも認知症はタブーであり、家族もなかなか周囲には知らせないこともあり、家庭医が気づくこともある。認知症にはある程度の刺激がよい効果をもたらすことも知られており、複数の高齢者と暮らすことはメリットがある。キルデマークセンターでは、1ユニットが11人ないし12人で構成されており、ビデオにあったユニットではうち4人が認知症高齢者であり、重度の認知症もいる。ネストヴェズ市では、キルデマークセンターのように認知症高齢者と非認知症高齢者が一緒に暮らしているセンターもあれば、2009年に完成したシンフォニーセンターのように認知症高齢者のみを集めたユニットにしているセンターもある。もともとネストヴェズ市では認知症高齢者のみのユニットを作ってきている。どちらの方法もそれぞれにメリットがあるが、私自身はキルデマークのような混合型がよいと考えている。一方、他人の部屋に入って大声を出すとか、そのユニットにおいて問題を多く発生させるようなケースでは分離型が適切であると考えている。いずれも、ケアプランにより、どういったケア付き住宅に入るかを選定していく。しかし、認知症が重度化しても別のセンターに移動することは却って認知症を進行させるので、できるだけ最初に入ったセンターで対応するようにしている。スタッフは認知症高齢者のケアのために特別な3週間の教育プログラムを受ける。認知症には様々な症状があるので、そういった多様性を知る教育、そして高齢者を見てそれにあわせての対応方法の教育を受ける。また認知症カウンセラー(認知症に関する特別な教育を受けた看護師)という資格をもつ専門職がいて、介護職・看護職はケアについてのアドバイスを受けることができる。
人材育成
介護・看護を行うスタッフにはどういう資格があり、給与はどのくらいか?
ビルジット・エトラップ氏
介護職は14カ月の研修を受ける。講義と実習が半々である。社会保健アシスタントはさらに20カ月の研修を受ける。研修中は病院、在宅、精神医療の3か所においての実習を経験することになっている。また、教育期間中も給与を受け取ることができる。給与は専門職のユニオン、市、国の三者による取り決めにより決められる。一般企業の給与に比べると介護・看護職の給与は低い。介護職で年間DKK265,000(約5,000,000円)であるが、半分は税金なので、手取りは額面の半分となる。社会保健アシスタントは20カ月の研修に加え、看護師によるOJTの教育・訓練を受けることにより、看護師から業務を委任され、看護師に近い業務を行うことができる。以前はインシュリンの注射が必要な高齢者には、そうした看護のために看護師が、生活の援助のために介護職が訪問していたが、社会保健アシスタントであれば、一人で二人分の業務ができる。そのように、一人のスタッフがより多くの業務をすることができれば、効率は高まる。そのほかの資格としては、看護師、PT、OTなどがある。家庭医は民間のドクターだが、給与の98%は国から受け取っている。病院へ行くには必ず家庭医の指示が必要だ。
<まとめ>
ケアの質の向上、維持のためには、介護・看護職の人材育成の教育制度が非常に重要である。資格をとってからも専門知識を得るための訓練プログラムが提供されていることは、日本にとっても大変に示唆に富むものである。医療偏重ともいえる介護における医療の提供の状況は見直すべき面もあると考えられる。国・市の責任として高齢者の住宅施策を1970年代から準備してきたことが、「安心できる社会」をデンマークが今日作り出すことができている成功の理由の一つである。住宅施策は社会保障の重要な項目の一つであることを改めて強く感じ、高齢者のための住宅施策を国に対し、皆で提言していく必要を感じた。デンマークにはケアを充実させるための仕組みがかなりあると感じた。ドラスティックに改革をしてきており、メリット・デメリット含め、実態を知ることから我々も大いに学ぶことができると感じた。
日本側のシンポジストの発言はまとめて記載させていただいた。以下に司会・シンポジストを紹介する。
11月17日 (火)
司会:目白大学教授 宮武 剛
シンポジスト:新田クリニック院長 新田國夫
シンポジスト:厚生労働省老健局振興課長 土生栄二氏
11月19日(木)
司会:白梅学園大学教授 山路憲夫
シンポジスト:新田クリニック院長 新田國夫
11月20日(金)
司会: 日本アビリティーズ協会会長 伊東弘泰
シンポジスト:特別養護老人ホーム光の苑施設長 武原光志
シンポジスト:アビリティーズ・ケアネット株式会社
総合ケアサービス推進部部長 土平俊子
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